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ナッジ理論の効果を最大化するBASIC、EASTのフレームワーク|マーケティング応用編
顧客の思考のクセや不合理な活動を解明する行動経済学です。それを実際に活用するための考え方がナッジ理論です。本記事では、マーケティング施策にナッジを活用するための検討プロセスと評価のフレームワークをご紹介します。
更新日:2024/10/25 公開日:2022/04/15
顧客が自発的に望ましい行動を取るように促すのがナッジ理論です。基本編では、ナッジ理論とは何かと、主な活用方法をご説明しました。
「ナッジ理論がよく分らない…」という方はまず基本解説編の記事をご覧ください。
行動経済学とマーケティングのつながりが強いことは前回の記事でもご紹介しましたが、専門用語が多くてとっつきにくいという印象を持っているマーケターが多いのは事実です。
この記事では応用編として、ナッジの検討プロセスと評価のフレームワークを、事例と共にご説明します。具体的なマーケティング施策に活かすためのヒントをご紹介しておりますので、ぜひ最後までご覧ください。
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目次
ナッジ検討のフレームワーク:BASIC
ナッジを検討する際は、2019年にOECD(経済協力開発機構)が生み出したBASICというフレームワークを活用するのがおすすめです。
業務プロセスの改良、改善のためのフレームワークとしては、PDCA(計画→実行→評価→改善)が一般的によく使われます。
BASICも基本的にはPDCAと同じようなプロセス管理のフレームワークですが、ナッジのためにより精緻化・改良されたものです。
ここからはBASICについて具体的に説明します。
まずBASICは、以下5つのステップから成ります。
BASICをどのように活用するのかを具体的にご理解いただくために永谷園株式会社(以下、永谷園)が展開しているめざまし茶漬けキャンペーンの事例を用いてご説明します。
まずは、キャンペーンの概要をご紹介します。
永谷園の「お茶漬けのり」は1952年に発売が開始され、約200億円と言われるお茶漬け市場の中でシェア8割を誇るトップブランドであり食卓の定番となっています。
一方でお茶漬け市場は成熟化しており、また食の多様化が進んでいることから、お茶漬けを好むメインの顧客層は高齢化しています。
このような環境下、永谷園が始めたのが「めざまし茶漬け」キャンペーンです。
このキャンペーンは、「こどもの朝食にはお茶漬けがいい」というメッセージで、共働きの子育て家族をターゲットにしています。
皆さんはどのようなシーンでお茶漬けを食べることをイメージされるでしょうか?
個人差はあるとしても、晩御飯の際、お酒を伴う場合にはシメとして、もしくは、残業や試験勉強で夜遅くなり小腹を満たすための夜食として、という回答が多いかもしれません。
そのような方にとっては、朝食のお茶漬けと聞くと違和感があるかもしれません。
永谷園は、「お茶漬け=晩御飯」という固定観念を覆して市場の拡大を図るために、このキャンペーンを始めました。
キャンペーンにはナッジ理論の活用例となる要素が見られます。BASICのフレームワークを使いながら、キャンペーンの検討プロセスを追ってみたいと思います。
(なお、以下に記載する「めざまし茶漬け」キャンペーンへの考察は永谷園の公式見解ではなく、あくまで筆者の考えですのでその点はあらかじめご了承ください)
Behavior(行動)
人々(顧客)の行動を観察します。なぜ、こう考えるのかといった定性的な気づきに注目することでフォーカスすべき課題を見つけ出します。
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お茶漬けの場合、どのような場面でお茶漬けが食べられるのかについて観察をするわけですが、なぜ夜のシメの定番としての位置づけが定着しているのかを課題として考えます。
次に、朝食でお茶漬けを選ぶ顧客を見つけ、なぜお茶漬けを選ぶのかを問います。
そこから、お茶漬けは簡単に準備ができ、忙しい共働き家庭で選ばれていることがわかってきました。例外的な人々の行動に焦点を当てることで機会が発見できます。
Analysis(分析)
行動経済学的に分析します。すなわち、観察から見つけた顧客の非合理的な選択について「なぜそうするのか」を考えます。そして、非合理的な選択を合理的なものに近づけるためのヒントを見つけます。
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お茶漬けが忙しい共働き子育て世帯に最適であるということが行動観察からわかりました。
しかし、それほど普及率は高くないようです。なぜでしょうか?
朝食にお茶漬けを選ばない非合理的な選択の理由を考えるのです。
この分析からわかったことは、家事を行う親にとって、お茶漬けを朝食にすることは”手抜き”だ、という後ろめたさがあることが見えてきました。そこで、朝食をお茶漬けで済ますことの正当な理由があれば普及を高めることができると考えます。
Strategy (戦略)
行動分析から得られたヒントをもとに戦略を構築します。
マーケティングの側面から達成したいことと顧客の目的を比べて、両方の目的を達成するためのアイデアを考えます。
顧客に強制するのではなく自発的な選択を促すものであるということを念頭にいれて戦略策定します。
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朝食お茶漬けを浸透させるために必要な戦略は、朝食お茶漬けは子供にとっても良いということをメッセージとして浸透させることです。
そこから、3つのメッセージに絞り込みました。
1. こどもの健康に良い
2. こどもが好きな味
3. 親も簡単で助かる
子供にとっての利点を前面に出すことで良い理由を強調してあげるのです。
これは、基本編でご紹介したナッジ活用方法の中のフレーミング効果にあたります。
フレーミング効果が分からない方はこちらの記事をご覧ください。
ポジティブなことを前面に打ち出すことで同じ行動でも受け取られ方が大きく変わることを狙っています。
Intervention(介入)
アイデアが見つかったら、商品やサービスにどのように適応できるかを具体化させます。
この際、社内外の関係者の意見を取り入れて実用的なものにしていきます。
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お茶漬けが子供の健康に良いことを実証する必要があります。めざまし茶漬けの効果として、ブドウ糖が頭の回転を良くすること、体を温めることで活動的になれること、快便になることを実証するのです。
栄養学の専門教諭のコメントをつけることでより説得力が増します。さらに、「めざましシティのこどもたち」というキャラクターを作り親しみやすさ面白さを追加、おすすめのレシピ紹介、SNSを使ったターゲットへの情報配信など、興味を引く入念な仕掛けを施しています。
Change(変化の計測、見直し)
ナッジを実行に移した結果が、顧客の行動変容を起こすことができたかどうかを検証します。購買データとともに、顧客に実際にヒアリングできれば、改善点の発見にもつながります。
長期的な効果が期待できるようであれば、他の商品・サービスへの横展開のために知見を共有できるようにします。
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具体的にどの程度の行動変容を促すことができたかまでのデータは明らかでないですが、このキャンペーンは一定の成果を収めているようです。
コロナ禍の内食増加なども影響しているようですが、2021年には前年比120%近い売上増があったと報告されています。
マーケティング施策にナッジを活用するまでのプロセスを永谷園のめざまし茶漬けの事例を用いてご説明しました。
BASICを活用したピクルスの事例:アサヒビール様
BASICを活用してナッジを検討した、ピクルスのアサヒビール様のオウンドメディア事例をご紹介します。
アサヒビール様“落ち着く場所だから愉しめる。” うまい!家飲み オウンドメディア
これはコロナ禍前にアサヒビール様が実施されたキャンペーン用に作成した、オウンドメディアの特設サイトです。「家飲みの機会をもっと楽しめるものにする」ことを目的としています。
本キャンペーンを実施した背景には、日本の若者を中心としたアルコール離れ、晩酌の減少傾向がありました。そこで家の中でお酒を飲むシーンを増やしてアルコールの市場を活性化させることを目的に設定しています。
BASICを使ってどのようにこの課題に取り組んだのかをご説明します。
Behavior(行動)/Analysis(分析)
なぜ、晩酌が減少傾向にあるのかについて行動観察をした結果、家族がいる世帯のアルコール離れが大きいことが見えてきました。
一方で、家族で一緒に夕食をとる機会は、一昔前よりも多くなったと言われています。
しかし、子供が小さい、他の家族が飲まない、といった状況の場合、飲みたくても一人では飲みにくいと感じることが多いようです。
Strategy (戦略)
行動観察から家族の団らんの場を損なうことなくお酒が飲める、できれば夫婦で一緒にお酒を楽しめるようにしてあげる、ことができれば家飲みの機会を増やせると考えました。
Intervention(介入)
ピクルスでは家飲みの機会を増やすことを目的とした情報提供の場として、オウンドメディアの立ち上げ・運用に関わらせていただきました。
本メディアでは、お家で手軽に作れて美味しいおつまみのメニューを紹介しています。
このメニューは普段料理をしないお父さんでも作れる、また忙しい時でも短時間で簡単に作れる、ように工夫しており子供でも美味しく健康にも配慮したものとなっています。
Change(変化の計測、見直し)
メディアを運営する中で、飲まない家族のメンバー(例えば、家事などで忙しいお母さん)も飲みたくない訳ではない事実が新たに浮かび上がってきました。
そこで、お酒の情報や飲み方の提案なども追加し、お酒への興味を喚起するような情報提供を行いました。
コロナ禍で生活様式が変わる中、家飲みについての情報提供の場として人気のメディアとなっています。
行動観察、分析から戦略構築、ナッジによる介入、見直しというBASICのフレームワークを試してナッジをマーケティング施策に活用できるか検討してみてください。
ナッジ評価のフレームワーク:EAST
次にナッジを評価するためのチェックリストとなるEASTというフレームワークをご紹介します。これはイギリスの政府機関が考案したものです。
EASTを活用することでナッジの要素を評価して、新たに追加できる要素がないかを検討できる便利なフレームワークです。
EASTは、以下4つの評価軸で構成されています。
ナッジはアプリを使ったポイントシステムにもよく応用されていますので、日本コカ・コーラ株式会社(以下、コカ・コーラ)の公式アプリ、コークオンをEASTを使って評価してみたいと思います。
コークオンは自動販売機と連動したアプリです。
コカ・コーラの自動販売機で接続しドリンクを1本購入するとスタンプがもらえます。
15個スタンプを集めると1本無料でもらえるシステムになっていて、これが顧客のインセンティブになっています。
2016年サービス開始からすでに3,200万ダウンロード(2022年2月同社ホームページ)を達成しており同社のマーケティング活動として成果を上げています。
では、ナッジの視点でこのアプリを評価してみましょう。
Easy(簡単か?)
ちょっとでもめんどくさそうだと思うとすぐにスルーされてしまいます。
ほんのちょっとの面倒でも取り除いてあげます。
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コークオンは、アプリを立ち上げ自動販売機に近づけるだけで簡単に接続できます。
それだけでなく、キャッシュレス決済のサービスとも連動していますので、お金を出す必要がありません。面倒を取り除くだけでなく利便性を向上させるという効果を生み出しています。
Attractive(魅力的か?)
すこしでも面白くすることが大切です。つまらない日常にほんのちょっとゲーム性を加えてあげるだけで顧客の注意を引くことが可能になります。
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歩数計機能の追加がこのアプリを面白くしています。
また、1週間の歩数目標を達成するとスタンプを1つもらえるようになっています。
自動販売機を使わなくてもポイントがたまることとなり、獲得したポイントは活用したくなりますので自動販売機での購入を促進します。
Social(社会的か?)
他の人はどうしているのかを気づかせてあげましょう。口コミや流行が気になるのは人間の本能といえるくらい自然なことです。仲間がいるとがんばろうと思う気持ちが強くなります。
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ためたポイントを友達にプレゼントすることができます。
この機能は、プレゼントをするという充足感とともに、アプリを口コミで広めることにもつながります。
また、歩数計機能ではチームチャレンジができるようになっています。目標をチームで達成すると全員にポイントが付与されています。
Timely(よいタイミングか?)
適切なタイミングで情報を提供しましょう。
人の思考や行動は、その時の出来事で簡単に変わることも多いです。
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新商品のマーケティング活動にも連動させています。
他の広告媒体で認知が上がった際に、すかさず、サンプリングやプレゼント企画がアプリ内で立ち上がり購入の促進につながっています。
以上のように、コークオンはEASTの4つの評価項目を満たしていることがわかりました。
ただし、1つのナッジがEASTのすべての要素を満たしている必要があるということではありません。単体の要素でもよいし、組み合わせることも可能です。
EASTを活用したピクルスの事例:ココカラケア
ピクルスが制作している診断コンテンツでも、ナッジを活用しています。その一例であるココカラケアをEASTを使って評価してみましょう。
本診断コンテンツは、ストレスに対しての緩和効果があるとされる乳酸菌サプリ、ココカラケアの認知拡大を目的としています。
日常生活のちょっとした誰でも経験しそうなストレスの感じ方についての質問に答えることで、自身のストレス耐性を診断するというものです。ではこの診断コンテンツをEASTを使って評価してみます。
Easy(簡単か?)
回答しやすい簡単な質問で、選択肢も2つだけです。
さらに質問は、誰でも一度は経験しそうな事柄です。さらに、質問に答えることで「こんな時にストレスって感じるんだ!」という気づきまで与えてくれます。
Attractive(魅力的か?)
アニメーションを使って答えたくなるようなデザインにしています。
選択肢のストレスを感じるという回答の方には「ぐぬぬ」という表現にしています。
これはストレスというセンシティブな内容について、選ぶことの抵抗感を和らげる効果を期待しており、これによって離脱率を抑えることができています。
Social(社会的か?)
結果をSNSでシェアするとプレゼントに応募できる仕掛けになっています。
このように他の人の結果がシェアされることによって、それをみた人が興味を持つという効果が期待できます。
Timely(よいタイミングか?)
診断コンテンツにおいてタイミングの良さは重要な要素です。
今回の診断の目的は、回答したユーザーに「私は意外にストレスを感じているかもしれない」という気づきを持ってもらい、ココカラファインに対しての興味を持ってもらうことです。
そしてタイミングよくココカラファインの情報を提供することが最終的なゴールとなります。そのために、結果画面では興味を抱いた人たちを製品紹介ページへ誘導しています。
EASTで評価をしてみた結果、ストレスあるある診断はナッジをうまく活用できていることが分かりました。診断コンテンツにご興味をお持ちいただけた方は以下ページをご覧ください。
まとめ
ナッジ理論を検討するためのプロセスと評価のフレームワークを、めざまし茶漬けキャンペーンとコークオン、ピクルスの支援事例を用いてご説明しました。
最初にも述べましたが行動経済学は専門用語が多岐に渡ることもあり実務での応用にためらいを感じる人も多いと思います。
しかし、人の行動の裏にある心理を理解しようとすることはマーケターが施策を検討する上で非常に重要な視点でありナッジは多くの手がかりを与えてくれます。
ぜひ、積極的にマーケティング活動に取り入れることを始めてみてください。
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想定される活用シーン
ライター:荒尾 康宏(あらお やすひろ)
経営・マーケティングコンサルタント
ヘルスケア業界にてグローバルマーケティングに10年以上従事、プロダクトマネージャーも務める。現在は、中小企業診断士として製造・流通業などのマーケティング及び営業コンサル業務に従事する傍ら中小企業の役員も務める。